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必読!驚き!「新漢字」は奈良・平安時代から使用されていた。
[第2020回](大凶)・・・12月13日(小吉)

『 皆さん、例えば、人名(苗字・個人名)に良く使用される漢字「恵・豊・徳」は現在の新漢字ですが、驚くことに、奈良・平安時代から、また「塩・亀」も旧漢字ではなく、これらの新漢字が江戸時代から使用されてきています。
 ですから、歴史上の人物はもちろん、現代人でも一律に「旧字体で判断しなさい!」それも「康熙字典(18世紀初頭)の画数です!」という説は、まだ日本の多数説になっていますが、明らかに間違っています。
 要するに、歴史上の人物であろうが、現代人であろうが、「当時又は現在、”どんな字体”を”日常”使用していたのか?」という確認が必要です。それはタレント名・雅号・四股名・ペンネームなどの運気と同様、”日常使用”の画数で姓名判断をしなければ、運気は的中しないのです。
 現在でも、まだ「旧漢字=旧字体=正字体の画数で判断!」という説が多いのですが、日常使用していない漢字から、運気が変化する訳がないのです。』

 実は、昨日、地元の図書館に行き、「国宝・重要文化財大全(書跡)」(毎日新聞社出版局)で確認してきました。
 書跡ばかり集大成した「国宝・重文」の写真版を、ルーペで拡大しながら、「一体、奈良・平安時代では、どんな漢字を使用していたのか?」を探してきました。
 ところが、驚いたことに、先ず発見したのは「恵」の字体です。
 皆さんもご承知のように、「恵=10」の旧漢字は「惠=12」ですが、なんと平安前期の三筆「空海」の書には「・・・恵果和尚・・・」(中国での師匠の僧名)と新漢字であり、これは「弘法大師請来目録」(国宝)で「恵=10」と自書されているではありませんか!
 その次には、「徳川」の”徳”の旧漢字は「=15」ですね。
 ところが、あっと驚いたのですが、これも「空海」の書と「最澄」の書には、なんと現在の新漢字「徳=14」を使用していましたよ。
 
 ところが、平安末期(元暦2年)の「神護寺四拾五箇條趣請文」(権大納言藤原朝臣忠親書)には、「=15」を使用していました。その後の江戸時代の「武鑑」で確認しますと、「徳川家」と諸国の大名家の個人名は、空海など僧侶の書ではなく、公家使用の旧漢字「=15」を承継して使用していました。
 その次に「豊」という字体です。過去のブログで「豊臣」の”豊”の旧漢字は「豐」ですが、桃山期には現在と同様「豊」を使用していたと投稿しましたが、もっと驚きました。なんと、奈良時代の「聖武天皇勅書」に「右大臣従二位 藤原朝臣”豊成”」と、新漢字の”豊”で署名しているではありませんか!
 そのうえ、すでに投稿済ですが、「塩」という字体は江戸時代では、「大塩平八郎」(大坂奉行所与力)の”塩”は、旧漢字「鹽」ではなく、現在の「塩」を使用していましたし、「塩」が付く地名も新漢字の使用という記録が残されています。また、「亀」の旧字体「龜」を人名に使用した例はなく、江戸時代の京都亀岡藩の「亀」は地名でも、新漢字を使用しています。
 このように、人名でも地名でも、日常使用していたのは、現在の新漢字を同様の字体を一部使用していました。
 どうですか・・・?
 日本中の姓名判断の多数説(主として熊崎式)は、現在のわれわれでも「旧字体=正字の画数で判断しなさい」としていますが、どうですか、奈良・平安時代から、現在の新漢字が使用されていたのです。
 日常、使用も意識もない「旧字体」で判断しても、運気や性格が的中するはずがないのです。このことは、姓名判断の根幹にかかわることですから、私の説に異論がありましたら、ご遠慮なく、根拠を示してお申し出ください。

(再 読)
『 必読!現代人の”画数”判断に役に立たない「康熙字典」!』
( [第1112回]2010.11.03)

コメント
「書写体」で検索するといろいろとわかると思います。楷書ができた王羲之の4世紀頃から康煕字典ができる18世紀まで1000年以上にわたって楷書体はずっとそれできたのです。
康煕辞典で、篆書から遡及してそれまでになかった旧字体を作り出し、それが200年余規範として続いた。戦後、再び活字体にその「書写体」を一部“新字体”として採用したんですね。たとえば、伝統的書写体においてはしんにょうは一点です。二点が康煕字典体(旧字体)です。実際に筆記されたのはこれだけで、熊崎式で書かれたことなど歴史上まったくありません。
  • 悠仙
  • 2013/12/13 7:49 PM
  •  
悠仙さま
 詳細なコメント有難うございます。それで良く判りました。奈良・平安時代でも、現在の新漢字を使用していた理由なのですね。私は高校の書道で四書聖の「王羲之」や「王陽洵」の楷書を主にしたのみで、「書写体」などの書道史の知識は余りありませんでしたが、非常にお詳しいのでとても参考になりました。
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